プーログ

ジャーナリストから転身 40代妻子持ちが自由な生き方を提案

体験談「40代妻子持ちの脱サラ」円満退職を成功させた方法とは

「自己都合の退職」も円満かつ円滑な手段で

円満退職を成功させる秘策は証人の確保にある

安定した収入源というのは、生活不安から解放されるいわば「精神安定剤」の一種だ。

 

会社を辞めた自分が言うのもはばかられるが、僕は基本的に「安易な離職」には反対の立場をとっている。

 

特に日本人の感覚からして「長年組織に育てられた恩を忘れて、自分勝手に会社を飛び出してしまうのはいかがなものか」と捉える向きが多い。

 

「自己都合によって離職した人に世間は冷たい」とされるのもそのためだ。

 

ただ、「辞めた方がいい」と思える人が、本当に大勢いるのも確かである。

 

それでも我慢しろというのは、「自分の手柄」にしか興味のない一部の上役を肯定するのと同じだ。

 

こうなると、社会のあり方、企業のあり方が、多くの屍(しかばね)の上に変わるのを待つほかない。

 

 

 

経済大国「日本」の一面

 

実際、豊かなはずの国にあって、人口10万人当たりの自殺者数を示す自殺死亡率は、諸外国と比較して、日本はワースト6位に位置する(参考記事)。

 

ようするに、大切なものをとても軽く見ている「いびつな社会」なのだ。

 

自殺するほどつらいなら、体を壊すほどきついなら、離職するのも手だ。

 

絞り取られるばかりなら、自分の可能性を絞り出す方が、はるかに豊かな人生が拓けるものと僕は確信している。

 

そもそも、妻も子供も会社の人質(ひとじち)ではないのだ。

 

食べていく道はほかにいくらでもある。仕事を選ばない限り、求人は山ほどある。

 

時代は明らかに変わった。

 

成功とともに失敗のリスクも負うことになるが、家族が路頭に迷うことはまずない。

 

決断する場合は、早ければ早い方がいい。

 

残念ながら僕は「すごく遅かった」のを後悔している口だ。

 

ただ「条件が悪くなる」との理由で二の足を踏む人には、様子見をおすすめする。

 

 

なぜ僕が離職を決めたのか

 

僕が会社を去った理由は、「心身の健康」「価値観の変化」「いびつな組織の常識に対する疑問」「理想への挑戦」「子どもと過ごす時間の確保」「ストレスからの解放」等々、挙げればそれこそ切りがない。

 

それでも強いて最も大きな理由を挙げるとするならば、「」という時間の重さに気付いたからだ。

 

「限りある人生、取り返しのつかない時間の浪費」をやめたくなった。(詳しくはこちら

 

僕は「安泰」を手放す代わりに、「いまを生きる」というかけがえのない財産を手に入れた。

 

大企業でさえ倒産する時代にあって、自力で生き抜く力を身につけるのも、「あり」だと考えた。

 

 形は違っても、リスクはどこにいってもついてくるものだ。

 

 日本人を不幸にする諸悪の根源の一つ「世間体」も、実態としてずいぶん緩くなっている。

 

 

スムーズな離職 5つのポイント

 

ただ会社を辞めるのには、それなりのエネルギーが必要だった。会社としても貴重な戦力を失うだけに、なかなか辞めさせてくれない人も多いに違いない。

 

そこで、退職願の提出にあたり、僕がとった方法を参考までに紹介しておきたい。

point

 

  • 就業規則など、退職にまつわる会社のルールを調べ上げた。
  • 退職願を出す期限を決め、「承服しかねる事態」を待ち、その勢いを借りて提出した。
  • 同時に、上司の元先輩である「嘱託のA氏」と信頼関係をつくり、「頼れるのはあなただけ」「どうしても」などと丸め込んで助力を得た。
  •  嘱託のA氏に「証人」として立ち会ってもらい、直属の上司に揺るぎない決意をもって辞意をぶつけた。
  •  どんなに仲のいい同僚にも一切退職の意志は漏らさず、極秘裏に進めた。

 

 

特に、嘱託A氏の立会いは「決定事項」に近い効果をもたらし、退職の手続きは驚くほどスムーズに進展した。

 

直属の上司に「“しれーっ”と揉み消される可能性」もあったため、正式に受理されるまで、手続きの進み具合を都度確認するようにしたのも奏功した。

 

会社のルールを熟知する必要性はこのサイトが詳しいので、参考までに。

 

 

有休消化の伝え方にも工夫

 

上記の流れ以外にもう一つ、大きなポイントになったのは、「有休消化に入る時期の伝え方」だ。

 

僕の場合、「退職後の準備もあるので、規定が許す最速のタイミングで有休消化に入る」と最大限無責任な条件での退職を申し出た。

 

退職は民法で自由が保障されている権利だ。

 

民法では最短2週間で使用者の承諾なくして労働契約の解約ができるとの解釈もあるようだが、就業規則次第では「契約不履行」で会社に訴えられるリスクもある。

 

逆に言えば、会社の設けたルールさえクリアしていれば、退職するもしないも本人の自由というわけだ。

 

大切なのは、「隙をつくらない」「辞職への確固たる意志を伝える」「極秘にする」の3つだ。

 

ただ、職場の性質、立会人の人選などを見誤ると、きっと痛い目に合うので注意が必要となる。

 

 

無責任な条件設定の真意

 

当然、無茶な形で有休消化を強行されると困るのは、組織の方となる。

 

ここからが種明かしとなるが、僕の場合、「最速のタイミングで有休消化に入る」など、正直なところ最初から選択肢になかった。

 

仮に宣言通りの日に有休消化に入ってしまうと、あいさつ回りすら満足にできない。

 

もとより、手持ちの仕事を最後までやり遂げることで、責任をまっとうするつもりでいた。

 

ただ、組織からすればある意味で救われた形となる。

 

最初に善意を持ち出すと、「そんなのは当たり前のこと」と処理されてしまい、離職へのハードルが高くなるのは目に見えていた。

 

最初から遠慮すると、「働く者の善意」は得てして「会社の権利」にすり替えられてしまうのだ。

 

 

現場実態の把握に動いた組織

有休消化入りはまず最速のタイミングで申告すると効果的

何より、「緊急事態」を演出することで、本社にも現場の実態を知ってもらい、組織のあり方について、真剣に考えてもらいたかったのだ。

 

残される後進へのプレゼントであり、サラリーマンとして最後に通した僕の信念でもある。

 

かくして、僕は当初宣言していた有休消化のタイミングを2か月ほど延期した。

 

無責任な申し出の本当の理由や「からくり」も、包み隠さず本社に話した

 

役員・幹部の中で、ようやく僕の退職理由や現場実態に対する「冷静な分析」がはじまり、職場の労働環境が改善する方向に動いた

 

ドラクエでいうところの「メガンテ」が効いたのだ。

 

怒り狂っていた人たちからも、最終的には反省の弁とともに温かい言葉をかけて頂き、円満退社がかなった。

 

このとき、「ちょっと戻りたくなった」というのも刹那の本音だ。

 

 

妻の理解を得るには

 

また、「妻の理解」という点では、心身の健康という点で理解が得られた。家族を結ぶ絆が「経済的ゆとり」でない限り、ここがポイントになる。

 

他の人の事例をみる限り、パートナーが日々悩み、苦しむ姿を目の当たりにしている場合、時間をかければ比較的理解を得やすい傾向にある。

 

いずれにしても、石橋を叩いて後先を決めてから行動するのが鉄則だ。

 

(だだし僕の場合は、ほとんど何の当てもなく飛び出した)

 

 

自由はすべて自腹

 

会社を辞めて自由を手に入れるには、かなりの「投資」も必要になる。組織の恩恵が一切受けられなくなるため、健康保険、年金、税金の類はすべて自分で支払わなければならなくなる。

これが結構高い…。

 

水面下での組織のバックアップは、想像以上に大きいものと思い知らされる。

 

健康保険と年金の支払いだけでも、年間合わせてざっと80万円かかった

 

交通費もボールペンを買うのも、すべて自腹となる。

 

このあたりも厳しいところだ。

 

また会社から「受け取るもの」「返すもの」を把握するなど、面倒な手続きも避けて通れない。

 

退職願を出した後でも十分に間に合うが、以下に添付した表に詳しい。

f:id:ueaki:20171121182339j:plain引用元はこちら

 

大きな見返りも 

 

ただ、見返りも大きかったと僕は思っている。実益に重なる趣味に本腰を入れ、長期の家族旅行を実現し、自分の未来を拓くための勉強に打ち込む――。

 

大きなリスクを踏むことで、今しか手に入らないものをたくさん得た。

 

体がついてくるうちに全部やっておけるのが、挑戦者の特権であり、自由の肝だ。

 

いまから「悠々自適な老後」を信じる人には向かない生き方かもしれないが、それも「あり」だと思う。

 

やりたいことが分からないという人は死の直前、いわゆる「今わの際」に後悔しそうなことをイメージしてほしい。

 

「もっと家族と過ごせばよかった」

「もっと人にやさしくしておくべきだった」

「もっと自由に生きてみたかった」

「もっと挑戦しておけばよかった」

 

後悔先に立たず。

常に一寸先は闇。

それでも人生は一度切りなのだ。