厳しい修行生活から1か月。
同室のメンバーと再会したのは、都市部のど真ん中にある、某デザイン事務所だ。
ジャージ姿の印象しかなかった同事務所代表のいでたちに、少し気圧された。
イタリア製っぽい白の開襟シャツでびしっとキメて、嫌味のない「おしゃれオーラ」をまとっている。
「あれれ、すごい人だったの?」
一番乗りの僕に続き、工場経営者やカフェ経営者らが集まってきた。
「久しぶり!元気してた?」
このおじさんたちの装いは、ジャージ姿とあまり大差ない。
笑顔で握手を交わし、ベージュの円卓を囲む。
思い出話に花を咲かせるつもりできた僕を視界の外に追いやって、ビジネスチャンスを探るおじさんたちの会話が始まった。
そう、無職の僕を除いて全員が経営者なのだ。
コピーライターへの道
コーヒーをすすりながらしょげる僕に、事務所代表のAさんが気を利かせ、話を振った。
A :「文章を書くスキルがあるのなら、今度立ち上げる陶芸サイトのコピーでも書いてみる?」
僕 :「え、コピーですか?そんなの書いたことないですし、お茶碗とかの知識も持ち合わせていませんので…」
気の弱さがたたり、せっかくのチャンスをフイにしてしまった。
僕は本当に馬鹿である。
山を下りて以来、座禅も三日坊主で終わってしまっている。
自分の情けなさを悔いながら、帰路、これからについて考えた。
あまり才能はないものの、文章を書く仕事に就いていたのは事実だ。
「この分野で仕事を探すのが、確かに近道かもしれない」
これをきっかけに、コピーライターの世界を少し勉強してみた。
2、3冊本を読んだだけだが、コピーの仕事は確かに面白そうだった。
言葉の力が生む「付加価値」
コピーは、ゴロのよさやスマートさを追う「言葉遊び」の世界ではなかった。
ターゲットとなるお客さんを明確にイメージし、そのニーズとともに競合する製品の特徴を徹底的に調べ上げ、商品の持つポテンシャルを「文章で伝える力」をもって最大限に引き出す作業だ。
凄腕のコピーライターになると、商品の訴求ポイントを新たに自分でみつけてしまう。
つまり、開発の意図を超え、もっと大きな値打ちを生み出してしまうのだ。
例えば、エジソンの蓄音機。もともと遺言を残す装置を想定して開発された蓄音機は、コピーライターの力によって「音楽を再生する商品」に生まれ変わり、巨大な市場を創出した。
これには、目からうろこが落ちた。
独立後に「億万長者」も
コピーライターには、マーケティングの知識や時代の空気を読む力なども求められる。
少し関係が複雑になるが、妻の友達のお姉さんの旦那のお父さんは、大手広告代理店から独立し、億万長者になって引退したという。
ただ、メーカー側はそれ以上の利益を享受したに違いない。
「コピーってすごい!」
どこまでも単純な僕は、生きていく道の一つに、コピーライターという選択肢を新たに加えた。
連載⑥ハローワークへに続く