大家族のエネルギッシュな姿を追うテレビ朝日の特番「奮闘ニッポン!24時」を見ていて、何となく違和感を覚えました。
とても面白かったのですが、何でしょう、この「心のイケない部分」をくすぐられるような、モヤモヤとした感じ…。
同シリーズのファンいわく、「大家族ならではの雑多でパワフルな姿」が毎回楽しみで、家族間での協力や子ども同士の喧嘩の中に「懐かしい昭和の団らん」を見つけることができるのだそうです。
僕はあまりこの手の番組をみたことがなかったのですが、本当に作り手の意図はそこにあるのでしょうか…。
ギリギリの生活感までは分かるとして、「母親のタトゥー」をさりげなく映してみたり、部屋の散らかり具合を強調してみたり…。
このあたりを編集であえてカットしないのは、作り手の意図と視聴者のニーズがおおむね合致しているからかもしれません。
そもそも、テレビ番組に「意味のないシーン」が組み込まれることなど絶対にありえず、それが「無用のリスクを負う映像」となると、なおさらです。
と、大家族シリーズに注がれる「隠れた好奇心」について、ひねた態度でつらつらと書いてみましたが、今回、僕はテレビの評論をしたいわけではありません。
僕が驚いたのは、番組の中で揶揄された「築40年の貸家」の扱いについてです。
築40年の一軒家
番組は、熊本地震に被災した11人家族の「尾崎家」に密着したもので、仮設住宅からの退去のリミットと、新たな子供の出産が重なり、このドタバタを一家一丸で乗り切るといった内容でした。
退去まであと1か月に迫ったところで、尾崎一家が掘り当てたのは築40年の4LDKの一軒家。
家賃6万円。
「む、いいとこ見つけたな」という僕の感想とは裏腹に、テレビの中の小さな子供たちは口々に「ボロいから嫌だ」「お化けがでる」と新居をこき下ろし、ナレーションまで「随分懐かしい雰囲気の家」だと揶揄しています。
正直、仰天しました。
大家族シリーズの人気を支える裏設定から察するに、世間相場からすると、昭和の香りが漂う築40年の一軒家でさえ「好奇の目」を引く対象になるのだと…。
タイル敷のトイレにひび割れだらけの風呂の壁。
「え、ひょっとして我が家もヤバいんじゃ…」。
住めば都
僕はこれまで、東京23区内から労働者の町までいろんなところに住んできましたが、常に「住めば都」と感じていました。
新築だろうがボロアパートだろが、不満に思ったことはかつて一度もありません。
いま暮らす 2LDKの我が家も、ちょっと狭い程度で特に問題はなく、近所付き合いも至って良好です。
「住めば都」という感覚。
そこにあるのは、比較の物差しではなく、自分の中に根差す絶対値です。
ただ、世間一般の尺度は、ひょっとすると少し違うのかもしれません。
大きな家に羨望の眼差しを向け、小さな家には逆の感情を抱く――。
僕自身、世間体がほとんど気にならなくなった反動で、そのあたりがどうも視界不良になっていたようです。
自分の居場所
そんな目で見ると、次男はともかく、可哀想なのは長女です。
とくに 彼女の一番の仲良しは、お洒落な庭付きの一軒家に住む男の子。
我が家と比べると、邸宅と犬小屋ぐらいの開きがあるかもしれません。
ただ娘は、いまの住まいを嫌うどころか「愛着」すら感じています。
最初のうちは、「古い」だの「階段が怖い」だの子供なりに難色を示していましたが、いつしか家族との温かい思い出を紡ぐ「自分の居場所」になっていたわけです。
僕自身、仮に宝くじが当たったところで、しばらく引っ越す気はありません。
可愛い盛りの子どもと過ごすのに必要なのは、愛情と時間とちょっとのお金であって、きっと、家のクオリティはあまり関係がないのでしょう。
むしろ娘には、家族と自分の家を大切に思う気持ちを忘れないでいてほしいと切に願うところです。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。