こんにちは。
プーです。
無職の父と小学生姉弟がトーナメント制覇を目指す「親子空手」も、いよいよ最終章「トーナメント編」に突入しました。
生れてこの方「努力」「苦労」というものを一切してこなかったプー姉弟ですが、フルコンタクト空手を始めて半年、日々地獄のような猛特訓を繰り返し、心身ともに確かな成長を遂げました。
2人とも、選手クラスの道場生に肩を並べるほどの実力をつけ、トーナメントへの出場の日を迎えました。
無職で暇な中二病の父が考案した訓練で、2人はトーナメントを制することができるのでしょうか。
親子3人で汗した努力の日々は、報われるのでしょうか。
では、新章第1回目をご覧ください。
※画質の粗い写真はプライバシー保護のための措置です。
「スポ根漫画」のような稽古に明け暮れるプー姉弟。
空手経験のない無職の父指導のもと、メキメキと実力を付け、わずか4カ月で同門の初心者のなかでは無敵を誇る強さに。
2人の成長はそこからさらに加速し、合同組手稽古会で男子を相手に圧倒的な強さをみせつけたほか、夏季特別稽古で王者を相手に変則型の上段蹴り「逆雷」を決める一幕も。
そしてついに、2人は満を持して公式試合に出場することになった。
連載の初回はこちら⇒ プーログ2年ぶり再開|親子で空手に半年没頭|試合の結末は? - プーログ
涙の猛稽古

「空手を始めて1年もたたないうちに、試合に出場するのはあまりおすすめしない」。
トーナメント出場に至る3か月前、最初に師範に相談したとき、実は2人の試合参加を反対された。
試合でコテンパンにやられた経験が心の傷になり、空手をやめてしまう子がたくさんいるためという。
そんな心配は、もはや取り越し苦労だ。
空手を始めて6カ月、プー姉弟は試合に出られるだけの十分な実力を付けている。
千本を超える過酷なミット打ちを乗り越え、凄まじい速さで縄跳びをこなし、アンパンマンのポーズで杭の上に立ち、足を固定したままひたすらパンチを打ち合う激しい稽古にも耐えた。
昼間の公園では同級生の嘲笑にさらされ、3日に1度の地獄ミットではあまりの辛さに獣のような咆哮(ほうこう)を上げ、無許可で動画を撮影され、不良少年に冷やかされ、近所でおかしな噂をたてられながらも、プー姉弟はひたすら稽古に励んだ。
我が子のために甘んじて「人間サンドバック」になった僕の身体も、ただでは済まなかった。
「手根管症候群」と診断された指は一時フライパンが握れないほどの激痛に見舞われ、持病のヘルニアも悪化し、左足の親指が常にしびれた。
ここまでやって、強くならない訳がない。
実際、娘の蹴りは対戦相手の身体が「くの字」に折れ曲がるほど威力を増し、他流派が集う先の合同組手稽古会でも圧倒的な強さをみせた。
息子の身体も「干し柿」のように引き締まり、同級生が相手であればまず後れを取ることはなくなった。
勝算

もっとも「空手の強さ=試合での強さ」ではないのも確かだ。
世界最強のキックボクサーであれ、ボクシングのチャンピオンであれ、空手ルールで空手の王者に勝つのは不可能だと断言できる。
空手の試合には、ルールに見合った「有利な戦い方」というのが存在するためだ。
つまり、空手経験のない僕が教える「我流空手」は、試合において「きわめて不利」だといわざるを得ない。
それでも、十分に勝算はある。
プー姉弟が出場した大会には、経験の不利を埋めるための「初心者枠」が設けられていたからだ。
初心者の部に出場できる選手の条件は2つ。
- 経験年数1年未満
- 優勝経験なし
このとき僕は「優勝はもらったも同然。むしろこんなに強い姉弟を出しても、いいものだろうか」などというおこがましい思いさえあった。
ところが当日、ふたを開けてみると「思いもよらぬ現実」が待っていたのだ。
大会当日
会場は、自宅から車で1時間のところにある某市の体育館。
いつもより早起きし、一家総出で現地へ向かう。
パンデミックによる混乱が比較的落ち着いた状況にあったことから、今回の大会では「家族の見学」が認められていた。
車中、プー姉弟はさすがに口数が減っていた。
「ねぇ、(緊張をほぐすために)しりとりしようよ」とせがむ姉に対し、気の弱い弟の方はゲップと嗚咽(おえつ)を繰り返している。
父:「緊張しなくても、きっと余裕だよ。むしろ相手が気の毒なぐらいさ」
いま思えば、優勝を確信する僕の言動が、子どものプレッシャーになっていたのかもしれない。
猛特訓を積んできたとはいえ、プー姉弟にとっては初めてのトーナメント出場となるだけに、緊張するなというのは土台無理な話だ。
正直なところ、僕も分からないことだらけだった。
- まず、試合時間は何分なのか。
- 引き分け後の延長戦は何度行うのか。
- セコンドにつくのは誰か。
- 大会はどの程度の規模なのか。
事前に道場から聞かされていた話は、日時や参加費など最低限の範囲にとどまり、当日の試合の流れを含めて、具体的なことは何も知らされていなかった。
「申し込みは道場で一括してやるから、あとは勝手にどうぞ」といった具合だ。
仕方がないので、主催団体の公式HPを確認してみたのだが、大会にまつわる詳しい案内は掲載されていない。
こうした不親切な案内は、能動性を重んじる「空手の流儀」に原因があるのかもしれない、と思った。
トーナメントの全容明らかに
かくして、大会の全容が明らかになったのは、プー一家が現地に到着した後、八折になった「対戦表」をもらってからだ。
想定していた以上に参加者は多く、幼稚園児から小学生までの男女合わせて200人余りの参加があった。
トーナメントは「性別」「学年別」「クラス別」(初級・中上級)に用意されており、年齢の低い順に「Aコート」「Bコート」に分かれて試合を消化していくイメージだ。
各トーナメントの出場者数はばらつきがあり、息子の出場する「小学2年男子の部」は最多となる約30人、娘の出場する「小学5女子の部」は8人だった。
息子はトーナメントの頂点に立つまで5回勝ち上がらねばならず、娘は3回勝てば優勝できる計算になる。
ただ、入賞にかかる難易度の格差は配慮されていて、娘の出場する小5女子の部の入賞は「準優勝」までしか認められないのに対し、激戦区となる小2男子の部には「3位」が2枠設けられていた。
気になる対戦相手

受付時に配られる対戦表によって、試合の全体像がようやくみえてきた。
試合の流れは以下のイメージだ。
- 試合時間は1分30秒
- 延長戦は1分で1度だけ
- 延長戦は必ず勝敗を決める「マストシステム」を適用
そうなると、次に気になるのは「対戦相手」の情報だ。
対戦相手は、対戦表に記された「ゼッケン番号」から割り出すことができる。
娘:「どんな相手と対戦するのか見てみたい」
夏季強化稽古のときに友達になった6年生の女子とともに、早速探しに出かけた。
それから10分後――。
娘が少し表情を曇らせて戻ってきた。
娘:「次戦う子は同じオレンジ帯で、普通の感じだった。でも(出場選手のなかに)一人だけすごく大きな子がいて…。」
友達:「うん、滅茶苦茶大きかった。大人みたい!なんか余裕そうだったね」
付き添った友達がどことなく嬉しそうなのは気のせいだろうか。
まずは初戦に集中すべきだが、「大人みたいに大きい」というのは少しに気になるところだ。
僕も確かめておこうと席を立った瞬間、相手が誰だかすぐにわかった。
観客席の眼下にみえるのは、一般的な小5女子に比べて「頭2つ分」大きな子――。
広い肩幅に、規格外の体格。
まるで、黒鉄の城だ。
すでに優勝を手にしたような余裕の表情で、取り巻きと談笑にふけっている。
「そ、そんなの反則だろ!」
情けない話だが、このとき僕は彼女の巨躯が「見かけ倒しであってほしい」と願った。