こんにちは。
プーです。
今回も、厳めしい稽古で近所の噂になっている「小学生姉弟空手」の話題をお届けします。
前回で終わらせるはずだった「昇級審査編」ですが、書いているうちに話が長くなり、持ち越してしまいました。
空手を始めて3カ月、マンガのような厳しい稽古に励んだ姉は、初の実戦の舞台でどのような戦いぶりをみせるのでしょうか。
審査当日の模様とあわせて、ご紹介いたします。
奥義「逆雷」
民家から離れた国道沿いの公園――。
道着姿の美しいシルエットが月夜に浮かぶ。
プー家の長女である。
対峙するのは、ブランコに吊るされた水袋。
丹田に意識を集中したまま、脊柱起立筋を斜め方向にねじり上げる。
刹那、おかっぱ頭の少女は「カッ」と目を見開き、閃光のような上段蹴りを放った。
回し蹴りというよりは、前蹴りに近い角度だ。
水袋のど真ん中に、少女の前足部が鋭く突き刺さる。
「ぺちん!」
水袋から飛び散る水しぶきが街灯に照らされ、見事な「虹のアーチ」を描いた。
「ふーっ、できたわ」
少女は道着の袖で汗をぬぐう。
父がエセ解剖学と妄想の中から編み出した奥義「逆雷」が完成したのだ。
余裕綽々
この日は午前中に下の子が審査を終え、娘の番は午後からだった。
普段より口数こそ少ないが、弟ほど緊張しているようすはない。
決戦の舞台となる市民体育館に着いたときも、開口一番、「楽しみ!」と余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)の表情を浮かべた。
午後の部の昇級審査に参加したのは高学年児童ら40人ほどで、当然ながら皆、低学年の子供たちよりも一回り大きい。
なかには身長が170㎝を超える大きな子もいる。
それでも娘は気後れするそぶりもなく、審査が始まってからも、娘は終始落ち着いたようすだ。
基本の型も、中上級者さながらの美しいフォームでこなす。
続く基礎体力審査では、規定回数を超えてなお「腕立て」「腹筋」「スクワット」を続け、見せ場をつくった。
その姿勢に、一度は手を止めた白帯のちびっ子たちも負けじと続く。
互いに競い合い、高め合う光景に、審査員は大きくうなづき、優しく目を細めた。
ここまでは、想定以上に順調だ。
あとは大本命の「組手」を残すのみとなる。
捕らぬ狸の皮算用
実のところ、娘の組手は最初からあまり心配をしていなかった。
彼女の放つ中段蹴りはすでに、父の持病「ヘルニア」悪化させるほどの威力にまで高まっている。
昇級はほぼ間違いない。
問題はどの程度「飛び級」できるかだ。
我々師弟が見据えるのは、前人未到の「7段飛び」。
つまり、一気に「黄色帯への昇級」を狙うわけだ。
これにより、ブラックベルトに至るまでの費用が3万5000円も浮く。
防具を付けて組手に備える娘の隣で、師である父はそんな「捕らぬ狸の皮算用」にふけっていた。
開始10秒前
組手開始の合図を待つ道場は、静けさに包まれていた。
未来の空手キッズたちがファイティングポーズを取り、バチバチと火花を散らしてにらみ合う。
20人が一斉に向き合う光景は、なかなか壮観だ。
娘の相手は格上の「オレンジ帯」で、学年は同じ。
互いに緊張の色は隠せない。
例のごとく、道場は水を打ったような静けさに支配され、ただならぬ緊張感が漂う。
逆に、廊下で話す人の声は丸聞こえだ。
「やっぱり僕、おかわりすればよかったよ」というまるで締まりのない会話が場の空気を濁らせる。
それでも、笑うものはいない。
そんなシュールな静寂が「はじめ!」の合図で破られた。
戦闘ロボット
「飛び級」を目指して毎晩稽古に励んだ娘の動きはまるで、重厚感のある「昭和の戦闘ロボ」のようだった。
棒立ちの構え。
覚束ない足取りでサイドステップを踏む。
「ん?」
カクカクした動きで繰り出す下段蹴りは、まったく体重が乗っていない。
「…え!?」
とにかく、すべての動きが緩慢だった。
宇宙服を着た人間が月面で戦うような、そんなスピード感だ。
まさかの展開に激しく戸惑う僕。
「ひょっとすると、手加減しているのか?」
娘の組手が精彩を欠く理由。
その原因は、とても意外なところにあった。
次回に続く。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。