こんにちは。
プーです。
今回のプーログも、無職の父指導の下、小学生姉弟が猛特訓に励む「親子フルコンタクト空手」の話題をお届けします。
姉弟は3カ月間毎日、近所で噂になるほど激しい稽古に打ち込み、ついに昇級審査で「組手デビュー」を果たしました。
姉に先んじて審査に臨んだ弟は、格上の相手に圧倒的な強さをみせて快勝。
続く姉は、弟以上に実力を付けただけに、さらに期待がかかります。
が、いざふたを開けてみると、姉の拳にはまったく力が乗っておらず、とても重い滑り出しになりました。
入念に準備してきた実戦の初舞台は、見せ場を残せないまま終わってしまうのでしょうか。
そして、プー一家が目指した「飛び級」のゆくえは?
早速、ご紹介してまいります。
しあわせのありか
娘はもともと、勝負へのこだわりが薄い。
勝ち負けよりも「楽しむこと」を選んできた。
これは「しあわせのありか」を知る小さな子どもだけの特権かもしれない。
とくに幼稚園の運動会のかけっこでみせた笑顔は、僕の胸に突き刺さった。
必死の形相で競争に挑む子らを尻目に一人、満面の笑みをたたえて走っていたのだ。
その写真はいまもパソコンの壁紙にしている。
小学校に入っても、かけっこが苦手な友達に頼まれ、勝負を放棄し一緒にゴールしたことがあった。
そんな柔らかい性格が、真剣勝負の舞台で足を引っ張っているのかもしれない。
心に不安がよぎった。
手加減の正体
組手終了まで残り1分。
毎夜公園で研鑽(けんさん)を積んだはずの彼女の動きは、相変わらずアシモのようだ。
時間だけがどんどん過ぎていく。
このままでは「黄色帯への7段飛び」など、夢のまた夢だ。
いうまでもなく、真剣勝負の世界で手心を加えるのはご法度だ。
ただ、手加減しているようにも思えない。
娘と対戦相手との戦いは、ギャラリーの方に近づいたり、遠ざかったりを繰り返し、酒場にいる「流し」のごとく、僕のそばにも近づいてきた。
彼女の顔を見るなり、僕はハッとした。
ヘッドガード越しに垣間見える彼女の顔は蒼白で、明らかに目つきもおかしかったのだ。
見間違えかもしれないが、白目をむいたような状態になっている。
まばたきさえ忘れ、ただ相手の顔一点をみつめてぎこちない組手を続けている。
ここにきて、僕はようやく悟った。
手加減などではない。
彼女は異常なまでに緊張していたのだ。
ラスト30秒
3カ月間の努力が試される場だけに、緊張するのは仕方がない。
ただ、このまま見せ場もなく終わってしまっては、あまりにも残念だ。
毎晩、彼女はほんとうによく頑張った。
生れてこの方、娘がこんなに努力をしたのは初めてではないだろうか。
父の身体をサンドバックに見立てた打撃訓練をはじめ、片足で「アンパンマンのポーズ」を維持するバランス訓練、雄たけびを上げながら蹴り続けたミット打ち…。
BMMもした。
練習量に限っては、白帯の中で誰にも負けない自負があったはずだ。
「はい、ラスト30!」
組手の残り時間を知らせる師範の声を聞いた瞬間、僕の脳裏にある打開策が浮かび上がった。
裏切らない反復練習
「もう時間がないよ。勝負勝負!」
戦いを煽る師範の檄(げき)に、娘の焦りは一段加速する。
顔色を失いながら、僕をチラ見している。
ただ、組手審査中に親が子供に声をかけるのは、完全にマナー違反だ。
だから僕は彼女に視線を送り、身体をグッとねじってみせた。
父と娘にしか分からない即席のサイン。
「逆雷」の合図だ。
逆雷は、空手を知らない父の妄想から生まれた大仰で胡散臭い技ながらも、決して「まがい物」ではない。
磨いた時間と熱量は紛れもなく本物だ。
来る日も来る日も、繰り返し練習を重ねた。
BMMを制作した変人で、某スポーツクラブを経営する友人は「反復練習ほど効果の出る訓練はない」と言い切る。
とくに空手の場合、「瞬時の判断」よりも、「刹那の反応」で動く局面の方が明らかに多い。
夜ごと重ねた反復練習は、決して裏切らないはずだ。
秘密のサインを受け取った娘は指示通り、グッと腰をひねり、「逆雷」の体勢に入った。
マンガのような展開に、僕は鼻血が出るほど興奮した。
決めろ!起死回生の逆雷
中二病の父が夢見がちな娘とともに編み出した逆雷は、いわば上段の変則蹴りだ。
背筋をねじって力を溜め、反力に乗せて一気に解放するイメージだ。
軌道は直線的な前蹴りに近く、相手からとても見えにくい。
さらに一般的な上段蹴りのモーションとは逆の方向から入るため、自動的に「フェイントの効果」も働く。
つまり、初心者がこの技をかわせる道理はないわけだ。
緊張のせいもあって、幸い、彼女は今日一度も上段蹴りを放っていない。
仕掛けるならいまだ。
「バチッ!」
ガチガチながらも、彼女の放った「逆雷」は、見事相手のこめかみを捉えた。
水袋を蹴破ったときほどの威力はないにせよ、逆雷をまともに食らった対戦相手はヘッドガードを両手で押さえたまま下を向き、動きを止めた。
午前、午後の部を通して「一本勝ち」を決めた選手はまだ誰もいない。
このままダウンを奪えば「7段飛び」ももはや夢ではない。
時間はまだある。
ついに悲願に王手をかけた娘の足が再び動く。
結果はいかに。
続く。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。