こんにちは。
プーです。
今回も、リアルな厳しさをもってマンガのような技を鍛える「親子空手シリーズ」をお届けします。
残り時間あとわずかのところで放った変則型の上段蹴り「逆雷」(さかいかづち)が決まり、娘は対戦相手を追い詰めました。(前回参照)
このままダウンを奪えば一本勝ち。
「7段飛ばしの飛び級」が視界に入ります。
娘は白帯から黄色帯へと一足飛びに昇級できるのでしょうか。
親子空手「昇級審査編」の最終回、ではどうぞ。
千載一遇のチャンス
組手の最終局面で変則型の上段蹴り「逆雷」(さかいかづち)を相手のこめかみにヒットさせた娘。
対戦相手の子はヘッドガード越しに頭を抱え、下を向いてしまった。
ここで追い打ちをかければ、ダウンは必至だ。
つまり「一本勝ち」になる。
午前、午後の部を通して、まだ一本勝ちを決めた子はいない。
7段飛びはもう目の前だ。
信じられない光景
3カ月に及ぶ努力がまさにいま、目の前で開花しようとしている。
「いっけぇ~!」などとアニメのように叫びたいのを我慢して、僕はこぶしを握り、次のアクションを見守った。
ところが、「逆雷」を決めた後に娘がとった行動は、追撃ではなかった。
相手から遠ざかり、構えをニュートラルに戻すための「バックステップ」だったのだ。
今度は反対の意味で大きな声を出しそうになった。
師範:「はい!やめぇ」
ここで組手終了の合図。
最後の最後で、彼女の「柔らかい性格」が裏目に出てしまったのだ。
空手の動機
3か月前――。
弟の体験入門についてきた娘が「私も空手をやりたい」と珍しく駄々をこねた。
正直なところ、いまのプー家は貧乏だ。
父は再び無職に転落し、お金に一切の余裕はない。
どうして空手がやりたいのか、訳を聞いてみた。
「カッコいいし面白そう。いじめられっ子を助ける人になりたい」
殊勝な理由を口にするのはひょっとして、火柱・煉獄杏寿郎の影響だろうか。
いずれにしても、「やっつける」のでなく「守る」というのが空手を始めた彼女の動機だった。
期せずして、実戦の場でこの言葉に嘘偽りがないことを証明した形だ。
真剣勝負である以上、手抜きは禁物だが、勝負の見えた相手を追い詰める必要はないともいえる。
なかなか偉いではないか。
「7段飛ばしは無理でも、3段飛びくらいはできるだろう」
この期に及んで父はなお、邪(よこしま)な心を捨て切れず、捕らぬ狸の皮算用にふけるのであった。
講評
審査会の最後に師範から講評があった。
初老の師範には、いくども死線を超えた者だけが宿す威厳が漂う。
眼光も鋭い。
「週1会員のなかにひとり、光る子がいた。大切なのは隠れた努力だ。それが心と体を強くする」
蓄えた顎鬚(あごひげ)を指でつまみながら、威風堂々、師範は「見事だった」と大きくうなづいた。
この時点で父は「飛び級は間違いない」と確信し、密かに小躍りするのであった。
審査結果発表日
空手の稽古を始めて3カ月――。
この間、近所でおかしな噂を立てられ、不良中学生に「BMM」での訓練をあざけられた。
休日の朝練では「俺にも叩かせろ」とミットにしがみつく質(たち)の悪いちびっ子らを雑に追い払い、遠巻きに見る保護者らからひんしゅくを買いながら、奥義の特訓を繰り返した。
「見事だった」
あの日の師範の言葉を反芻(はんすう)し、ほくそ笑む。
きょうは、待ちに待った審査結果の発表日だ。
パーティーの夜に
我が家の食卓には、ハンバーグにフライドチキン、ウインナーに子供ビールと父と子の大好物がずらりと並ぶ。
いずれも業務スーパーで購入したものだが、味の要(かなめ)は食材や鮮度ではなく、「誰とどこで食べるか」にかかっている。
現役時代料亭で食べた御馳走よりも、きっと今夜のディナーは一生忘れられない味になるだろう。
息子:「ただいまぁ」
プー夫妻はパーティー三角帽子をかぶって、子供たちを出迎えた。
「お帰り!どうだった?」
そう聞くより先に、息子の腰に目を落とす。
そこにある「ベルトのカラー」に、我が目を疑った。
姉弟そろって、帯の色は同じだ。
想像だにしない、まさかの「オレンジ色」だった。
大人の事情
さかのぼること1か月前――。
娘:「師範、どうすれば飛び級できるのですか?」
師範:「組手で自分の強さを示しなさい。ただ、それだけだ」
我々親子が「飛び級」に照準を合わせ、技の研鑽に精進してきたのは、この言葉を信じたからだ。
審査結果発表の帰り際、娘が師範に飛び級できなかった理由を尋ねると、メルセデスの後部座席から「飛び級は(週3以上の)ゴールド会員からだよ」と言われたそうだ。
父:「何がゴールド会員だ!そんなバカな話があってたまるか!」
怒りに任せて床に叩きつけた三角帽子がバウンドし、ヒラヒラのついた先端が道場の方角を指して止まった。
母:「だったら、帯の色は空手の強さと関係ないじゃない」
普段はポーカーフェースを決め込む妻も、この日ばかりは露骨に不快感をあらわにした。
子どもの反応
あの「見事だった」は一体何だったのか。
それに、全然「だだ、それだけ」でもなかった。
「聞いていた話と違ったね」と顔をしかめてみせる息子だが、意外なことに目は怒っていない。
オレンジ帯の端をパタパタと揺らしながら「うわぁ、今日は凄いごちそう」とはしゃいでいる。
むしろ「色付きの帯」を巻く喜びを隠し切れないようでいた。
娘は「ゴールド会員の友達は飛び級していた」とこぼしながらも、激しく落ち込んでいる感じではない。
「まあ昇級できたし、別にいいかな」と結構淡白だ。
結局、帯の色に強くこだわっているのは、大人だけなのかもしれない。
それも皆、経済的な理由でだ。
「まあよく考えると、週1会員の飛び級は道場のメンツにも関わりそうだし、仕方がないことかも」と深いため息をつく僕。
そんな重い空気を払しょくするように、娘がこう切り出した。
「そんなことよりお父さん、今度試合があるんだって。出てみたい!」
いま、地獄空手の門が開いた。
僕が「親子の空手話」を書こうと思ったのも、ここから始まる物語に大きな価値を感じたからにほかならない。
次回から新章がスタートします。
初心者の頂点を目指すべく、死に物狂いで打ち込んだ空手の稽古と「トーナメント」の結果について、詳報してまいります。
どうか最後までお付き合いください。
最初から読んで頂くと面白いです。⇒連載第1回はこちら。