こんにちは。
プーです。
11月以降続けていた親子空手の連載も、次回が最終回になります。
今回は「トーナメント決勝」の後編、ついに、最強の黒鉄女子(くろがねじょし)との戦いに決着がつきます。
序盤は完全に娘が勢に立たされましたが、後半は攻守逆転を繰り返す激しいバトルになりました。
想像以上に厳しい戦いになったフルコンタクト空手のトーナメント試合――。
6カ月に及ぶ地獄の猛特訓で、娘は見事優勝を勝ち取ることができたのでしょうか。
では、最終決戦のもようを(少し長くなりましたが)ご覧ください。
「スポ根漫画」のような稽古に明け暮れるプー姉弟。
空手経験のない無職の父指導のもと、メキメキと実力を付け、わずか4カ月で同門の初心者のなかでは無敵を誇る強さに。
2人の成長はそこからさらに加速。
とくに娘は合同組手稽古会で男子を相手に圧倒的な強さをみせつけたほか、夏季特別稽古で王者を相手に変則型の上段蹴り「逆雷」を決める一幕も。
そんな2人が満を持してトーナメントに出場した。先陣を切った弟は準決勝で敗退。姉はついに決勝の舞台に上ったものの、序盤で大苦戦を強いられる。
連載の初回はこちら⇒ プーログ2年ぶり再開|親子で空手に半年没頭|試合の結末は? - プーログ
戦略の切り替え
名門道場に所属する黒鉄女子の策にはまり、危うく「致命傷」を負わされるところだった娘。
結果的に「技あり」こそ免れたものの、強烈な顔面への一撃により、娘は完全に劣勢に立たされた。
試合に集中するあまり、大声で指示を出すセコンドの声は、彼女の耳に届いていない。
だが、彼女自身、自分が押されているのはよく分かっている。
試合開始から約30秒――。
序盤の失点を挽回すべく、ここで娘は戦い方を改める。
至近距離での攻撃を断念し、蹴りを主体にアウトサイドから応戦するスタイルに切り替えたのだ。
本来、遠距離からの攻撃は、リーチの長い選手に有利なポジションといえる。
少なくとも、大柄の相手にとるべき策ではない。
ただ、彼女の強みは懐に入って打つパンチではなく、あくまでも「蹴り」だ。
その選択は間違っていない。
何より娘の蹴りは、父の第6腰椎を粉砕するほどの破壊力を秘めているのだ。
とくに前蹴りはこの1か月、試合を意識し、徹底的に稽古した。
ジュニアの大会では、前蹴りの上手な選手が上位に食い込む傾向がある。
日課としていた「バランス訓練」も、実はその一環だった。
反撃ののろし
娘は、強引に前に出て戦う戦法から一転、一歩下がってガードを固めた。
黒鉄女子はこれを勝機とみて、大型ブルドーザーのような圧力をかけながら、右の上段回し蹴りを繰り出す。
この攻撃に合わせ、娘は相手のボディーに重い前蹴りを叩きこんだ。
ドスン!
反復練習は裏切らない。
娘の放つ前蹴りは、黒鉄女子の巨体を1mほど吹っ飛ばした。
巨躯が宙に浮く予想外の光景に、会場がどよめく。
これに焦ったのか、黒鉄女子は再び前に出ようとする。
ただ急いで距離を縮めようとするたびに、娘に前蹴りで押し返される。
飛び込んでは押し返され、押し返されては飛び込む姿は、まるで輪ゴムのついた水玉風船のようだ。
試合の残り時間が半分を切ったところで、ようやく娘は黒鉄女子に一矢報いることができた。
恐怖の十六文キック
ただ、娘の攻勢も長くは続かなかった。
腕組みしていた相手陣営のセコンドがこの日初めて立ち上がり、叫ぶ。
「前蹴りを返せ!」
この指示を境に、黒鉄女子は「地獄コンビネーション」を中止し、巨大な前蹴りで反撃に出る。
その迫力は、往年のレジェンドレスラー「ジャイアント馬場」が放つ十六文キックさながらだ。
実際、ガードの上から一発もらっただけで、娘の身体は後方に大きく跳ね飛ばされた。
さらにもう一発、除夜の鐘を突く撞木(しゅもく)のような重い前蹴りが一直線に飛んでくる。
またもやガードごと後方に押しやられる。
体格差からしても、まともに食らえばただでは済まない。
相手陣営のセコンドは激しく拍手しながら、「そのまま外に押し出せ!」と鼻息を荒げた。
確かに、このまま押し切られるのはまずい。
判定でのマイナス材料になる上、こちらに傾きかけた流れが再び変わる恐れもある。
娘がコートのラインを割るまで、あと少しのところに迫る。
黒鉄女子は「とどめ」といわんばかりに、相手を踏みつけるような前蹴りを放った。
反復練習の力
実は娘は、この瞬間を待っていたのだ。
あえて反撃を避けたのは、黒鉄女子から「渾身の一撃」を引き出すことにあった。
嫌というほど練習を重ねてきた、上段前蹴りでの「カウンター」をとるためだ。
かくして、黒鉄女子の「とどめの前蹴り」は、娘のバックステップによって空を切る。
黒鉄女子は勢い余ってバランスを崩し、前のめりの体勢になった。
そこにすかさず、娘は狙いすました上段前蹴りを放つ。
ゴチン!
娘が繰り出した渾身のカウンターが、黒鉄女子の顔面を跳ね上げた。
練習以上に、よどみのない動きだった。
「ピー!」
副審の一人が「技あり」を訴え、試合が一時中断される。
決まったか!?
残念ながら別の副審がこれを認めず、惜しくも「技あり」は流れた。
ラスト15秒前の攻防
第1話から連載にお付き合い頂いている方は、お気づきかもしれない。
娘がまだ「あれ」を使っていないことを。
本大会ではこの土壇場のタイミングに至るまで、娘は一度も我流空手の奥義「逆雷」(さかいかづち)を出していないのだ。
全国大会を制したチャンピオンの奇襲にも成功した、あの「変則型の上段蹴り」である。
切り札として温存していたというよりは、最後の最後で自然に出た「得意技」だったのかもしれない。
残り時間15秒――。
親子でみた夢に、現実が重なる瞬間だった。
ここから先の光景を、僕は一生忘れないだろう。
土壇場の一撃
主審による試合再開の合図と同時に、娘は相手の右わき腹を一点に見つめながら一気に距離を詰める。
そして、そこに左の突きを叩きこむ「ポーズ」を決めた。
これをガードしようと黒鉄女子が膝を落とす。
いわずもがなこの攻撃は、引きこもり中年男と空手少女が二人三脚で編み出した最終兵器「逆雷」につなぐためのフェイントだ。
娘は剛弓の弦を引くように、さらに深く背中をねじり上げる。
父:「くる!」
次の瞬間、身体に溜めた「ねじれの力」を一気に解放し、右足を鋭く跳ね上げた。
黒鉄女子からすると、娘が腰をひねる動作は「全力の突きを放つための溜め」にみえたに違いない。
しかも、放たれた上段蹴りは雷光のような超高速のスピードで死角から迫りくるのだ。
そのため、ヒットする直前まで接近する蹴りに皆気づかない。
娘は、心と体を限界まで追い込みながら、この技を体得した。
あまりの辛さに泣き叫び、ときに咆哮を上げながら、磨き上げた一撃だ。
半年とはいえ、研鑽(けんさん)にかけた「熱量」がまるで違う。
つまり、かわせる道理はないわけだ。
パン!
娘が繰り出した「逆雷」は、最強のライバルの顔面をまともに捉え、落雷に似た小さな破裂音を響かせた。
「ピッ!」「ピッ!」
2人の副審が同時にホイッスルを鳴らす。
妻は「やったぁ…」とつぶやき涙した。
3位だった息子はいじけて再び個室トイレに向かった。
僕は興奮のあまり、鼻血を噴き出した。
師範代は「ナイスゥ~ナイィィス!」と不可思議なイントネーションで喜びを爆発させていた。
今度こそ、満場一致の「技あり」だ。
黒鉄女子は、事態を飲み込めずにいる。
「え、えっ?」
目を見開いてきょろきょろする。
そしてすべてを悟った瞬間、娘に向かって“苦笑い”してみせた。
生まれついての王者は、ハートも規格外にタフだった。
その後まもなく、赤い袋が投げ込まれ、試合は終了。
空手を始めて半年、地獄の猛特訓を潜り抜けた娘が、見事トーナメントを制覇した。
次回、最終回に続く