プーログ

ジャーナリストから転身 40代妻子持ちが自由な生き方を提案

これって八つ当たり!?警備員が妻を罵倒/悪いのは誰?

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高所からの垂直落下によって、腰の骨を折る重傷を負ってから2か月あまり。

 

ようやく背中の痛みも消えてきた今日この頃ですが、今度は長年愛用してきた「ヘルシオ」が故障し、再起不能になりました…。

 

失意のもと、新品を買おうと一家そろって近くの家電量販店に車で足を運んだわけですが、帰り際、駐車場の出口付近でさらに「怒り心頭の出来事」に遭遇しました。

 

愛する妻が突然「警備員」に罵倒されたという話です。

 

完全に「言いがかりレベル」の酷い内容です。

 

今回のプーログは、そんな日常の一こまを綴りました。

 

 

機能停止のオーブンレンジ

忘れじの9月5日――。

 

10年間、我が家に温かい食事を提供してくれた「シャープのヘルシオ」がついに壊れてしまいました。

 

いくらふたを開け閉めしても、エラー表示が出るばかりで、「あたため」のスイッチに電気が灯りません。

 

少し調べてみたところ、修理するには1万5000円~2万5000円ほどかかるようでした。

 

毎日休まず働き続けてくれたオーブンレンジとあって、修理したいのはやまやまでしたが、10年選手だけに、すぐさま別の不具合が出る可能性も否定できません。

 

1~2日ほどは騙しだまし使っていましたが、半ドアからゆっくり閉めてスイッチを押す「昭和マジック」も通用しなくなり、もはや完全なるポンコツに。

 

何をしても動こうとしない、働こうとしない怠惰なヘルシオが、堕落し切った自分の姿に重なり、倒錯した親近感が芽生えました。

 

 

「湯煎で30分」不便なご飯

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文化的な生活を送るにあたり、ポイっと入れてポチっとボタンを押すだけで食材が温まるレンジは、もはや手放せないアイテムです。

 

我が家にとっては空気のような存在だっただけに、一度失うと、不便で仕方がありません。

 

とくに「チンする既製品のご飯」は、鍋で戻すのに「30分以上の湯煎(ゆせん)」が必要になり、実際にやってみると、便利さとは正反対、もはや「非常食」です。

 

また、光熱費に対する割の悪さも痛感させられました。

 

さらに、「自家製の冷凍ご飯」に至っては、数時間かけて自然解凍を待たねばならず、空きっ腹では誰しも途中で心が折れるに違いありません。

 

 

もっとも、電子レンジがない前提で生活設計すれば、実は事足りてしまうのかもしれませんが、妻も子もそんな暮らしを受け入れてくれないのは明白です。

 

冷めたチキンカツ丼を温めるのですら、四苦八苦させられる始末です。

 

 

家電量販店へ

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そんなわけで休みの日に、近くの家電量販店を「視察」することにしました。

 

少しクオリティは下がるものの、きょうび、修理代の範囲内で立派なオーブンレンジが買えてしまえるのには驚きでした。

 

正直なところ、ヘルシオ最大の魅力である「スチーム」はこの10年で数えるほどしか使ったことがなく、我が家では「温める」「焼く」(オーブン・グリル)機能だけでで事足ります。

 

そんなわけで、プー一家は「コストパフォーマンス」と「火力」を基準に、各社の製品をふるいにかけた結果、日立の「ヘルシーシェフ」を買うことに決めました。

 

心の深いところに響いたのはそのネーミングです。

 

ヘルシーシェフ」。

 

ヘルシオを露骨に意識した、優しく甘美な響きです。

 

また、お飾りレベルのスチーム機能も、控え目で奥が深く、とても気に入りました。

 

 

駐車場で事件勃発

僕も途中まで失念していましたが、今回はオーブンレンジの話題ではありません。

 

警備員が2人1組で番をしている駐車場出口で、車道にアクセスするタイミングを計っていたときに起きた出来事です。

 

 

駐車場と車道の間には、小さな歩道が横たわっています。

 

運転しているのは妻の方。

 

車道は信号待ちの車で詰まっている状態で、プー一家の車が入る隙はありません。

 

仕方がないので、駐車場の出口のところで、大人しく待っていました。

 

 

これに気を利かせた警備員の一人(警備員A)が、信号待ちするドライバーにもう少し車間距離を詰めるようお願いして回っていました。

 

プー一家が入る余地をつくろうとしてくれているわけです。

 

「お、親切な警備員(A)さんだね」と妻はいいました。

 

 

親切が「仇」に

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この計らいに気を良くし、妻は車を「見切り発車」させてしまいます。

 

ところが、善意を積み重ねてできた車道のスペースは車一台分には少し足りず、結果してプー一家は「歩道の上」で待ちぼうけを食う羽目になりました。

 

すると、車間距離を詰めるよう公道で頭を下げていた警備員Aが血相を変えて飛んできました。

 

さきほどの笑顔とは打って変わり、苦い表情でプー家の車にバックするよう促しつつ、相棒の「警備員B」を怒鳴りつけているではありませんか…。

 

車を駐車場側へと後退させるさなか、窓をしてめていたので、声はかすかにしか聞こえませんが、年配の「警備員B」はきっとこんな感じで叱られていたに違いありません。

 

「あんた何してんだ!まだ来させるなよ!歩道をまたいで停車させるなって、きょう言われたばかりだろう!」

 

人が誰かを叱りつける光景は、見ていて決して気持ちの良いものではありませんが、問題はここから先です。

 

 

誘導棒をかざし怒鳴り声

怒られた警備員は、「LED誘導棒」を妻に向けてグイグイとバタつかせながら、妻を激しくののしっています。

 

車の窓が閉まっていて、よく聞こえませんでしたが、かすかに届く音の意味から察するに、きっとこんな感じです。

 

「なんで突っ込んでくるんだ!こっちが指示するまで駐車場で待っていろよ!歩道に乗り上げると迷惑なんだって。分からないの!?」

 

 

外見は子羊のようですが、心に凶暴な鬼を飼う妻。

 

「チッ、あんたらが行かせようとしてたんだろう!」

 

 

誰が悪いの?

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僕が思うに、プー一家の車が歩道を行き来する原因をつくったのは、警備員AでもBでもなければ、ドライバーの妻でもありません。

 

しいて挙げるなら「3者の連携不足」です。

 

少なくとも、仮に「お客さん」という点を差っ引いても、妻だけの責任ではありません。

 

 

そもそも、3人ともに作り笑顔で「ごめんね」と言い合えば、気持ちよく済む話です。

 

怒りに燃えて妻の髪が逆立つのも無理のない話。

 

そんな激しい熱に当てられた僕は、バシッと一言いってやろうと、警備員をまっすぐに見据えました。

 

視線の先にある「警備員B」。

 

齢70を超えた年配の人。

 

顔が一瞬で短くなる「クシャおじさん」に似た、どこか憎めない人相の人です

 

そんなお年寄りを相手に、僕は何がしたいのか…。

 

そう考えたところで、ふと我に返りました。

 

 

むやみな怒りは連鎖する

結局、プー一家は信号が変わるタイミングを待って、何もいわずに立ち去りました。

 

瞬発的な怒りが尾を引くようであれば、一言いうべきだったと後悔していたでしょう。

 

また妻を罵倒され、笑って納められるほどの寛容さを僕は持ち合わせていません。

 

でも、結果的に何も言わなくてよかったと思っています。

 

仮に怒りをぶちまけたところで、残るのは「後味の悪さ」と見知らぬところで起きるであろう「怒りの連鎖」ではないでしょうか。

 

 

 もし「ごめんなさいね」と作り笑いで流せるほどの余裕があれば、僕の世界は内側からもっと居心地のいい場所となるに違いありません。

 

そんな「心のゆとり」を得るのに、何が足りないのか――。

 

悲しいかな、貧乏に怯えるいまの僕にとって、心の余裕は「感謝の気持ち」でも「心の清らかさ」でもなく、「経済的なゆとり」とつながっている気がします。

 

 最後までお読みいただき、ありがとうございました。